微笑みの安売りは都合の良い人に成り下がる

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親切な人に限って損をする

私たち人間がついしてしまう愛想笑いは、猿に原点があるらしい。愛想笑いの原点は弱い猿がボスザルに対して、私は敵じゃないですよーとアピールをする時にも歯をニーっと出すことにあるようだ。ボスザルは愛想笑いした猿に対しては攻撃しない。

こうやって、争いを避けるために我々は猿だったときから愛想笑いをしてきた。現在でもやはり、いい人に思われたかったり、無駄に敵を作らないために、私たちは、時に面白くなくても、自分の感情に反して、相手のために愛想笑いをしたり、嫌いな人に対しても親切にしたりする。しかし、果たしてこの笑顔の安売りや、親切の安売りは、我々を生きやすくしてくれるのだろうか。

もちろん人間は社会的な生き物であるがゆえに、ビジネスの場やプライベートで、愛想笑いは必要で、したくないけれど、しかたなくしているという人が大半だろう。

とはいえ私は自分の感情に反してにこやかにしていたり、親切な人に限って、損をする役割を押し付けられて、やさしいが故に反論ができないという場面が多いような気がしてならない。このページを読んでいる方々も、このような悩みを抱えている人がいるとおもう。

そのような人たちに、無愛想でも、いつもニコニコ親切じゃないがゆえのメリットもあるんだよ、ということを伝えたくて、この記事を書いた。

親切であるがゆえにナメられる

私は、無愛想、嫌われることは相手からなめられないというメリットがあると考える。

たとえば、お土産で買ってきたお菓子があるとする。しかし一つだけ崩れたお菓子があるとする。その汚いお菓子を誰にあげるのか?そう言った時に文句を言わず、いつもニコニコして親切で、優しい人に行き渡るケースが多いとおもう。心の中では「潰れているお菓子か…」とおもうけれど、それは口に出さない。優しくていい人だからね。もし何かいったら、相手が嫌な顔をするかも知れないからね。だから笑顔でお世辞でも「あー美味しそう!!ありがとう!!」と言って受け取る。そういう優しさにつけ込まれてしまう。この人は汚いお菓子でも文句を言わないだろうと思われているから。

反対に同じシチュエーションでも、貰ったものに対して図々しく「なんで私が崩れてるお菓子なの?」のか文句を言う人もいる。しかし、現実世界嫌われがちな人にはわりと綺麗なお菓子が行き渡るものなのだ。

これは、ただ単に図々しくて面倒くさいからこそ、トラブルになりたくなくて、割と丁寧な対応を受けているだけかもしれない。しかし結果的には、リスペクトされているのと同じだ。

クレームだって、図々しくうるさい人の意見が通る場合が多い。声を上げない大人しい人の意見はないものとして扱われる。

ところで、ロシア人の無愛想ぶりはすごい。我々日本人が普段するレベルでニコニコするのはロシア人にとっては「何もないのになんでニヤニヤしてるの?頭おかしい」と捉えられる。まあ仲良くなってから少しづつ微笑んでくれたりもするのだが。それでも日本みたいに何もなくてもスマイル、という感じではない。

しつこいクレーマーも、すみません、と何度も頭を下げる大人しそうな人の前でワンワン吠えてつけあがる。もしこれが怖そうな見た目だったり、無愛想で何を言っても意見が通らなそうな人に対してなら、クレーマーも少しは大人しくなるのではないだろうか。

いい人ではなく「都合の良い人」に成り下がる

確かに優しい人は、敵を作りにくいかもしれない。しかし、そのやさしさゆえに、なにしてもこの人は怒らないだろう、と人からなめられるのではないか?という気がする。敵を作りにくいけれど、だからといって、あまり好かれるわけでもない。

声が大きく図々しい人がなんだかんだをする。

大人しくいい子になっていると損をする。あなたもお願いをする時は、なるべく、大人しくて怒らなそうな人に頼もうと思わないだろうか。大人しくて、いい人っぽい人はたしかにいい人だとは思われるけれど、いい人だと人に思われるメリットってなに?あなたは、いい人ではなくただの「都合の良い人」になっていないだろうか?

だったらもう別に他人にいい人だと思われなくても良いんじゃないか?

ヤンキーのような問題児がたまにいいことすると褒められる。いつも真面目な優等生タイプは、いつも当たり前にいいことを行なっているけれどそれが「普通」と思われて評価されない。むしろ真面目な優等生タイプがたまにハメをはずして、問題を起こしたり失敗すると、それが目立ちがちだ。

あなたが良い人かどうかはあくまで他人の主観にすぎないものだし、ちょっとしたことでその評価もひっくり返ったりする。そうしたら親切の安売りはただ自分を消耗させるだけだとおもう。

自分を偽ることに疲れたら

たまに聖人みたいな人がいて、見返りなしで人に親切にするのが本当に幸せです!みたいな人がいるが、そう言う人はどうぞ皆さんに親切にしてください、とおもう。

しかし、大半の人はそうではない。ビジネスの場では、どうしても自分を殺して振舞わなくてはならないこともある。私たちは社会の一員なのだから、どうしても協調していかなかったりする。理想論ばかりを並べ連ねるな!!ここは日本だぞ!ロシアじゃねえ!!笑いたくて笑ってるんじゃないんだ!という意見もあるだろう。でも私が言いたいのは、無理しないで欲しいということだ。

嫌われるのが怖いから、ついいつもニコニコしてしまったり、自分を犠牲にしてまで人に奉仕してしまう人は、人に嫌われたり、かわいくないやつだ、と思われることにメリットもあるんだよ、ということを頭の片隅に入れておいて欲しい。自分が笑いたくもないのに、ニコニコしていたり、いい人でいるからこそ、なんだか損する役割を押し付けられたりする人も多い。たぶん100%仏頂面なんてむずかしい。

でもちょっと人から嫌われても、無愛想だと思われても、それは人生終わりではないし、全然大丈夫なんだぞ!むしろナメられなくて、意見も通って得かも?!という心持ちでいられたら、ちょっと生きやすくなるのではないかな、と私はおもうのだ。

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